藤ひろしのブログ『藤魂』

2021年3月3日

芸道30周年、三代目藤ひろし襲名20周年

今から20年前…そうです❕僕は三代目藤ひろし襲名20周年なのです。
芸道30周年、襲名20周年がコロナ渦なのも運命なのかな?
20年前2月1日、中津健康ランドにて襲名

最初の一週間送り出しで毎日「お父さんのこの芝居は~」とか「初代のこの芝居は~」と比較され自分で思ってた以上に先人達がやってた芝居の難しさを痛感してた時、ビデオで見た伍代座長が三河家諒さんとやってた男の人生って芝居に感動。
その芝居に初めてチャレンジした9日。
多分?絶対?今より格段に下手な芝居でしたが必死にやりきり送り出しで初めて毎日見てたお客様に誉められた\(^^)/

この日に吹っ切れた?
「初代は初代、父は父、僕は僕。自分のやりたい芝居、やってみたい芝居にチャレンジして色をつけていこう」と、それを決めた一日でした。
初代の元で四年座長させて頂きました。
その頃仙太郎は「座長になりたい!」と父にも相談してたみたいで父からその事を聞いたり、自分の中で祖父から引かれたレール走ってるだけじゃいつまで立っても一人前にはなれない?
祖父の劇団なのでテッペンは祖父。
僕は座長って肩書きは貰いましたけどみんなと同じ給料頂いてる身。
自分の力で自分の一座を旗揚げしてみないと本当の苦労もわからない。
そう考え、劇団ふじの座長を仙太郎に任せ退団。

退団後修行の一番最初にお世話になったのは市川市二郎座長。
自分の芝居の基礎的な事はこの時期に市川座長に教えて頂いた事が多いと思います。
その後一馬座長や千代之助座長の劇団でも修行させて頂き千代之助座長の劇団の修行期間の最終月。
亡くなった越川社長から「何時まで人の巣にいるつもりだ?男ならテメエの巣はテメエで作るもんだ❗来年3月衆楽観押さえたから旗揚げしろ」と背中を押され?後戻りは出来ない状態ですから(゜ロ゜)
急いで人間集めて借金しまくって道具揃えて1月から2ヶ月の合宿開始。
あっという間に旗揚げの3月1日を迎えました・・・

次回は劇団双六思い出編?
最後まで読んで頂きありがとうございます。
まだまだ突っ込んで書きたい事ありますが(笑)
現役引退したら書こうかな?
お楽しみはこれからだ❗